人生の中で「ここが終の棲家だ」なんて考えなくてもいい

『ハピすむ特別インタビュー』第4回のゲストは、ジェンダー研究の第一人者として日本のフェミニズムを牽引、2019年の東大入学式祝辞でも話題をさらった社会学者で東大名誉教授の上野千鶴子さん。

上野さんは、約20年前に山梨県・八ヶ岳南麓にお住まいを建て、現在は東京と山梨を行き来しながら山暮らしをされているという。そして昨年、二拠点生活についてのエッセイ『八ヶ岳南麓から』を出版。今回は八ヶ岳南麓のご自宅にお邪魔しご著書について、さらに後編ではおひとりさまブームを巻き起こした75万部ベストセラー『おひとりさまの老後』の著者でもある上野さんに「おひとりさま」のシニアライフを充実させるヒントについてもお話しを伺います。

【インタビュー前編はこちら】上野千鶴子さんが語る「おひとりさま」の住まい論。山梨県「八ヶ岳南麓」に暮らす理由とは

自然と気持ちがオフになるんです。メンタル的にはめちゃくちゃいいですね

二拠点生活では自然と気持ちがオフになる

──二拠点生活についてお伺いします。東京のマンションと八ヶ岳南麓での暮らし、上野さんはそれぞれどのようなスタイルで過ごされるのでしょうか

上野千鶴子(以下、上野) 東京では仕事モード、こちらはスイッチをオフにする場所ですね。

私は東京にいると「ワーク・センタード・ライフ」なんです。朝から晩までとにかく仕事。オヤジライフそのものなので、ほとんど「暮らし」というものがありません。

でも、この山の家に来ると暮らしがある。東京ではまったくしませんが、こちらではクッキングもします。料理するのはめちゃめちゃ楽しいですね。

山菜の天ぷらを作ったり、薪ストーブの上で豆を煮たり。友達を招いて宴会するときは、ずっと立ちっぱなしで料理しますね。可哀想だって言われるけど、これが私の道楽なんだからやらせてって言ってます(笑)。

この土地では私の仕事関係者がゼロで、全く利害関係のない人たちばかり。お互いを詮索しないし、肩書きも必要ない、本当に気持ちのいいオトナのお付き合いです。

建てた当時はネットもなかったですから、電話番号も教えてないし、仕事関係者からの連絡はまったくありません。

東京にいるといろんな連絡が来て、やり取りをして、細かい雑用もあるしすぐ時間が埋まります。こちらは雑音が一切入りませんから、物を書くときなどすごくいいんです。

私たち研究者は、大学の夏休みとか長い休みに論文を書きますが、ここに来ると集中して執筆ができる。二拠点生活は、そうやってオンとオフを切替えできるのがとってもありがたいですね。

東京大学に赴任したときは京都に自宅があって、東大の近くにマンションを借りて行ったり来たりしてました。でも、それは仕事上の二拠点生活ですから、どちらに行っても仕事でした。

だから、八ヶ岳南麓に来て初めてオフの感覚を得られたというか、環境的にこの通り何もないですから自然と気持ちがオフになるんです。メンタル的にはめちゃくちゃいいですね。

建ててから失敗したと思ったのは”床暖房”と”トリプルガラス”

──ご友人の助言をふんだんに取り入れた完成度の高いお宅ですが、今後もしリフォームをなさるとしたら、どこかやりたいところはありますか

上野 建てたあとで失敗したなと思ったのは、”床暖房”を入れれば良かったということですね。仕事場の方はそれに気がついた後で建てたので、床暖房を入れました。

薪ストーブは、着火や火の管理に手間がかかるので夜しかやりません。朝昼はFFヒーターを使っていますけど、全館を温めるにはムラがあります。

このあたりに来る別荘族の人たちは、夏のことしか考えていません。5月に来て、11月には家を閉めて冬には来ませんから。

これが定住族になると冬を超すので、暖房設備が大切なんです。ここを建ててから住宅設備機器が進化したので、今は24時間ずっと一定の室温を保つ埋め込み式の暖房設備とかいろいろあるでしょう。

それから、びっくりしたのは、新しいお家に行ってみたら、トリプルガラス(三重)があることです。この家を建てたときにはまだダブルガラス(二重)でした。結露は一度もしたことがありませんが、暖房効率は2重より三重の方が高い。トリプルガラスの存在を知ってたら最初から入れたかったですね。

ここで色川さんを看取ったことで思ったのは、選ぶのは場所じゃなく人ですね

「終の棲家」も途中でやめたっていい。結婚だって「やーめた」って人はたくさんいる

──この山荘を終の棲家にするお考えはあるんでしょうか

上野 それにはまだ迷いがあります。

この土地で最期まで過ごした色川さんは、八ヶ岳南麓の春夏秋冬を目にしながら、寝たきりでも満足な時間を送られたと思います。でも、やっぱり気候が厳しいところですね。

ここで色川さんを看取ったことで思ったのは、選ぶのは場所じゃなく人ですね。

もともと医療・介護過疎地帯だった北杜市に訪問看護と訪問介護の事業者が登場し、訪問医療をしてくださる在宅医もいらして、死ねる場所になりました。

でも、都会も便利で捨てがたい。どうするか、決められません。移住者の皆さんは、終の棲家としてこちらにいらっしゃったようですが、何も自分を縛らなくてもいいんじゃないでしょうか。つまり、どんなことでも期間限定でいいんじゃないかと思うんです。

ここを終の棲家にするかどうかで迷ってる人には、『あなたはこれから何年生きるの? そのうちの10年か20年、自然の中の別荘でこんなに楽しい思いができたらいいじゃない。自分に対する投資だと思えば』って言いますね。

ここが終の棲家だと決めて、意地でもここで最期までとこだわらなくても、期間限定で、『じゃあ、もうぼちぼち引き上げようか』でもいいじゃないですか。

途中でやめた、でも別にいいんです。結婚だって、「やーめた」って人はたくさんいるじゃないですか(笑)。

私は、始まりのあるものは終わりもあると思っています。だからいつも将来をオープン・エンドにしておくのがいいですね。

おひとりさまの老後は、場所より人

──おひとりさまの老後という視点で住まいを選ぶ際に、都会と田舎、どちらがいいということはありますか

上野 私はどちらでもかまいません。インターネットさえあればどこにいても同じです。

ただ大問題は、ここでは車の運転ができなくなったらおひとりさまライフは完全アウト。それがいま一番の懸念です。自分で暮らして、動く分には、地方ではクルマという足は必要不可欠です。

北杜市の公共交通には、予約制のオンデマンドバスがありますけれど、積雪期などには別荘地の奥までは入ってこられないでしょう。うちの前は舗装路じゃないので、積雪や凍結があったら厳しいんです。

免許証を手放した人はタクシーを使っておられますね。

いっそ寝たきりになれば、車があってもなくても同じなので、ここを終の棲家とするのもいいかもね、と思います。

おひとりさまの老後は、繰り返し言うように、場所よりも人です。

家は少々不便でもなんとか住めますから。私は、お年寄りのお住まいにフィールドワークでずいぶん伺いましたが、「こんなバリアだらけの家に…」って驚くところでも、ちゃんとお年寄りは住んでおられます。支える人がいればなんとかなるんです。

私は、旅よりも、どこか知らない土地で暮らすのが好き

シニアになったら、時間が必要なことをやったらいい

──シニア世代へ、住まいや暮らしのアドバイスがあればぜひ聴かせてください

上野 シニアになったら、時間が最大の資源です。

それまで選べなかった、時間がないとできないことができるようになります。私は基本、旅よりも、どこか知らない土地で暮らすのが好き。1か月とか1年とか、外国で暮らしてみるなんて最高に楽しいですよね。

この「八ヶ岳南麓」での暮らしと出会ったときのように、暮らさないとわからないことがいっぱいあるので。

その土地で暮らして、友達を作って、情報を得る。その過程がめちゃめちゃ楽しいでしょ?それを期間限定でやったらいいじゃないですか。

たとえば京都に憧れているなら、京都で1か月間暮らしてみる。嫌なところだと思えば帰ってくればいいんです。そういう自由に使える時間は、若い人よりシニアのほうがたくさんあります。

だから、シニアになったら、時間が必要なことをやったらいいと思います。

だいたい私は、外国に行くと現地で知り合いを作るんです。一応最初はホテルを予約していきますが、友達を作っちゃうと、「ホテルはキャンセルして、うちに泊まりに来い」とか「明日から私たち家族で旅行に行くからお家が空く。その間、お前はここにいたらいい」って言われたりします。女の一人旅って最高なんです。男のように警戒されないし、女の人と仲良くなれば、するりと台所へ入れます。

そこで暮らすというのが楽しいんですよ。そうやって暮らした場所が世界のそこここにあって、そこへ行けばいつでも友達が「おかえりなさい」と迎えてくれる。そういう場所がいくつかあります。

そういう人のつながりこそが面白さだし、財産にもなる。その土地の住みやすさや住み心地も人次第ではないでしょうか。

色川さんのことを「かさばらない男」なんてエッセイに書いたこともあります(笑)

おひとりさまの老後に必要なのは、適度な距離感のある居心地のいい大人の人間関係

──シニアのおひとりさま暮らしに必要なのはどんな「つながり」や「人間関係」なんでしょうか?

上野 おひとりさまは不安がありますから、友人関係を大事にします。本にも書きましたが、この山の家におひとりさま仲間が集まって越年する「大晦日家族」なるものもあります。

私は家族持ちを見てると、大丈夫かな、子どもが独立したり夫婦のどちらかが亡くなったりしたらどうするんだろう、その人には何が残るのかなって思います。家族持ちから家族を引き算したら、何が残るんだろう、って。

色川さんとは外国の学会で出会って以来の長い付き合いでした。色川さんのことを「かさばらない男」なんてエッセイに書いたこともあります(笑)。

どこかに出かけても、さっと居なくなって個人行動をするような人ですから、旅の仲間にするには最高の人ですね。邪魔にならないんです。

色川さんは戦前の旧制高校の山岳部、私は京都大学のワンゲル部。ご一緒に登山もしたし、ほぼ毎冬カナダにスキー旅行に行きました。色川さんは23歳年下の私を「親友です」と紹介してくださいました。

ここの移住者のコミュニティって、本当に大人の関係ですね。例えばお食事にいらっしゃいとか呼ばれたり、いろんな集まりに色川さんと一緒に行きますよね。で、色川です、上野ですって挨拶をする。

今までここで、ただの一度も、「どういうご関係ですか」って訊かれたことがありません。素晴らしいコミュニティです。そういう方たちは、ご自身についても過去のことはおっしゃいません。

そういう、おひとりさま同士の適度な距離感がいいんです。家族ほど親密にくっつくわけじゃなく、義務も責任もないけれど、適度に配慮しあう。おひとりさまに必要なのはその居心地の良さなんです。

取材・執筆/牛島フミロウ 撮影/本永創太

二拠点生活のリアルを綴る上野千鶴子さん初の「山暮らしエッセイ集」八ヶ岳南麓から

上野千鶴子さんの著書『八ヶ岳南麓から』(山と渓谷社)は好評発売中!

東京⇔山梨。二拠点生活のリアルを綴る
著者初の「山暮らしエッセイ集」待望の書籍化!

四季の景色や草花を楽しむこと、移住者のコミュニティに参加すること、地産の食べ物を存分に味わうこと、虫との闘いや浄化槽故障など想定外のトラブルに翻弄されること、オンラインで仕事をこなすこと、「終の住処」として医療・介護資源を考えること……。
山暮らしを勧める雑誌にはけっして出ていないことまでも語られる、うえのちづこ版「森の生活」24の物語。

社会学者・東京大学名誉教授
上野 千鶴子 うえの ちづこ
1948年、富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで、東京大学大学院人文社会系研究科教授。2012年度から2016年度まで、立命館大学特別招聘教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。 専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。 おもな著書は『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)、『おひとりさまの老後』(文藝春秋)、『最期まで在宅おひとりさまで機嫌よく』(中央公論新社)など多数。
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