多摩市は子どもから高齢者まで、誰もが住みやすい『健幸都市』
子育てや暮らしについての支援制度、移住を含めた理想の暮らしについて考え、自治体の取り組みを取材するインタビュー企画『リーダーズ・インタビュー』。第9回は“ニュータウン再生”が進行中の東京都多摩市。阿部市長に、多摩市の住まい政策について詳しく聞いた。
目次
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“東京都多摩市”阿部裕行市長にインタビュー!
──今年、多摩市は市政施行および多摩ニュータウンまちびらきから53年を迎えました。あらためて、まちの特徴についてお聞かせください。
わたしたちの多摩市の市域の6割は多摩ニュータウンが占めています。元々、欧州のニュータウンをモデルに、環境に優しく、緑豊かで、コミュニティ形成がしやすいまちを目指し、徹底したファミリー視点で計画開発された当時としては最先端のまちでした。
──開発一辺倒だった高度成長期、自然環境と都市機能の調和をコンセプトにまちがつくられたことは画期的だったのでは。
はい。だからこそ、あらためて日本の新しいくらし方に挑戦するフロンティアスピリッツを体現するまちとして、市政施行50周年を迎えた2021年(令和3)「くらしに、いつもNEWを。」というブランドビジョンを定めました。
──そのNEWはどのような形で現在の市民生活を支えているのでしょうか?
多摩市は市民1人当たりの公園面積が都内随一であり、家々のすぐ近くに計208もの公園緑地が広がり、それらが41kmに及ぶ緑の遊歩道でつながって都市とみどりの融合が図られています。しかも、その遊歩道は車道と完全に分離されている。なので、このまちには小学生の集団登下校という光景はありません。
つまり車道を歩かないで安心安全に通学ができて、自然の中で思いっきり遊べて、休日は家族でゆっくり過ごせる。50年以上前から自然豊かな居住環境と利便性の高い都市環境が調和したまちだったわけです。
市で行っている住まいと地域環境についての世論調査でも、市民の96%が「緑の豊かさ」を、84%が「公園・遊び場」を評価しているという結果が出ています。
──まち全体がはじめから公園のような環境だったのですね。
その上、市内に鉄道が4線、4駅が乗り入れ、新宿まで約35分。渋谷、大手町など都心へのアクセスも良好です。また大学のキャンパスや文化施設も点在しており、最近は聖蹟桜ヶ丘の多摩川河川敷の空間を利用した“せいせきカワマチ” や多摩センターなどでさまざまな企画や音楽フェスやカルチャーイベントなどが開催されています。
【多摩市を代表する娯楽・文化スポット】
・サンリオピューロランド
「ハローキティにあえる街」多摩センターにある、たくさんのサンリオキャラクターと出会える屋内型テーマパーク。
・多摩市立中央図書館
2023年(令和5)7月、オープン。館内にはカフェや用途に応じた各種スペースがあり、中・高校生やファミリー層、高齢者など、すでに約90万人の市民が活用している。
・せいせきカワマチ
川のある豊かな日常を実現し駅周辺を含むまちの魅力を高めるため、多摩川河川敷等の地域資源を活用し、賑わいと地域主体のコミュティの場づくり等を推進している。
ファミリー層住民が増え、生まれ変わる多摩ニュータウン
──マスコミ報道などでは、かつて最先端のまちとして開発された多摩ニュータウンのインフラの老朽化や住民の高齢化などが取り上げられがちです。それらのネガティブな問題はその後どうなっているのでしょうか?
1971年(昭和46)の初期入居地区である諏訪・永山地区では、日本住宅公団(現:UR都市機構)により民間分譲された団地が2013年に建て替えられ、Brillia多摩ニュータウンとして生まれ変わりました。
それまで5階建ての団地群だったものが、11階や14階の高層マンションになり、住民の数も1000人から3000人近くまで増加しています。その際、市も周辺の遊歩道や公園、児童館なども再整備しました。
2016年(平成28)には「多摩市ニュータウン再生方針」を策定し、以来、「多摩ニュータウン リ・デザイン 諏訪・永山まちづくり計画(2018年)」「多摩ニュータウン リ・デザイン 愛宕・貝取・豊ヶ丘地区等まちづくり計画(2023年)」をもとにニュータウン再生事業を継続して推進しています。
──一般に集合住宅の建て替えは非常に難しいと言われていますが。
その通りで、区分所有の民間分譲団地では合意形成が難しいのが実情です。一方で公的賃貸団地では、市の学校跡地を種地として、都営住宅やUR賃貸住宅の建て替えが進められています。
学校跡地を活用することで、建て替えに伴う住民の皆さんの引っ越しの負担軽減、バリアフリー対応住宅の早期供給に寄与しています。
つまり、学校の跡地に団地をつくるので引っ越しが1回で済む。それから、昔は団地の40平米か45平米の3DKの間取りがウサギ小屋などと揶揄されたのですが、昨今の建て替えでは、単身世帯向けの20平米台の1DKからファミリー世帯向けの60平米の3DKなど、さまざまなタイプの部屋が用意されています。そうしたわけで、一時は高齢者しかいないと言われたニュータウンにファミリー層の住民も増え、また活気付いてきているのです。
そもそも高騰化する一方である都内23区の不動産価格に比べると住宅価格も約2分の1。そのあたりも大きな魅力になっているのではないでしょうか。
【多摩市の主な住宅施策】
・平成12年5月31日以前に建てられた個人所有の木造住宅の耐震化を促進するため「耐震診断や耐震改修費等の助成支援」等を拡充。
・木造以外の戸建て住宅、分譲マンション等の「耐震診断」「補強設計」「耐震改修」等の費用を補助。
・分譲マンション管理組合向けの支援として「無料の住宅アドバイザー派遣」「維持管理手法等の啓発を行う各種セミナー」「バリアフリー化や省エネ改修等に伴い発生する設計費や工事費等の助成」等を実施。
・親世帯と近居・同居をするため、市外から多摩市内に転入する子育て世帯の住宅取得費用等を助成。
都内26市初の「こども誰でも通園制度」がスタート
──ファミリー層の転入が増加しているとのことですが、子育て世帯への支援についてお聞かせください。
今年の4月から多摩市は学校給食費の全額無償化を実施しました。これは市立の小・中学校の児童生徒の全員が対象です。本来、義務教育である学校教育での給食無償化は国の財源で実施すべきことだと思っておりますが、地方自治体でもできることはやろうと実施に踏み切りました。
また、令和8年度から全国で「こども誰でも通園制度」が始まりますが、多摩市はそれも今年4月から、都内26市で初めて実施しています。
これは親が働いていなくても未就学のお子さんを幼児教育や保育の専門職がいる幼稚園や保育所等に預けられるようにする制度。保護者とともに子どもの育ちを支えていく“子どもまんなか”の事業です。
同世代の子ども同士が遊びなどを通してさまざまな経験ができるほか、保護者が子育ての悩みを抱え込まないよう、専門職からアドバイスを受けられる機会を提供できればと期待しております。
多摩市ならではの環境が「健康寿命」を延ばす
──多摩市は65歳以上の方の健康寿命(要介護2以上の認定を受けるまでの平均年齢)が2015年(平成27)に、男性・女性共に都内49市区の中で1位。2021年(令和3)に男性が4位、女性が3位と少し順位を下げましたが、高齢化が進行する中にあって健康寿命の数値を高いレベルで維持できているのには何か秘訣があるのでしょうか?
先ほど申し上げた通り多摩市は緑豊かな環境で、総延長41kmにも及ぶ多摩ニュータウンの歩車分離した遊歩道があるなど、ウォーキングにも適した環境であるほか、地域の介護予防教室などの通いの場が多く、フレイル(心身の働きの低下)予防の取り組みを推進していること、NPOの数が多く若いうちから市民活動などが活発に行われているなど、地域でいきいきと生活されている住民が多いからではないかと思っています。
また、最近2022年(令和4年)の健康寿命が発表され、男性・女性共に2位と順位を上げたことが分かりました。
本当に皆さんお元気で介護認定率は多摩地域26市中最も低く、ちなみに「多摩市は介護保険料の金額が多摩地域26市中5番目に低い」ということも付け加えておきます。
【多摩市の主な高齢者支援策】
・地域包括ケアシステム
「高齢者が要介護状態になっても、できる限り長く、住み慣れた地域や自宅で生活が続けられ、人生の最期まで自分らしく生きること」をかなえるため、医療や介護、福祉等の必要なサービスを利用しながら自立した生活を続けられるように地域ぐるみで支えるための仕組みや体制を地域包括ケアシステムという。
多摩市では、これをさらに一歩進めて、高齢者に限らず障がい者も含めた「多摩市版地域包括ケアシステム」の構築を目指している。
多摩市健幸都市宣言とは?
──市長が目指す、子どもから高齢者まで誰もが住みやすいまちづくりについて今後の施策をお聞かせください。
多摩市では、2017年(平成29)に次のような「多摩市健幸都市宣言」を市民の皆さんと共に宣言しました。
「1.おいしく食べてエネルギーを燃やします。2.わくわくする心を大事にします。3.豊かな自然を感じてのびのび歩くことを楽しみます。4.世代を超えて声をかけ合い人と人との絆を深めます。5.自分を大切にしてゆっくり心と体を休めます」
この「おいしく食べる」ことを子どもの頃から歳をとっても大切にしようと、当市では本年度内に「多摩市みんなの笑顔が広がる歯と口の健康を推進する条例(仮称)」の制定を目指しています。子どもの頃から虫歯や歯周病を予防し、高齢者は嚙む力、飲み込む力などを維持していくことで健康寿命をさらに延ばしていければと考えています。
「多摩市健幸都市宣言」では「たくさんの緑に囲まれ まちを歩けば しあわせに出会えるまち」と誰もが愛する「たまし」の豊かな緑、幸せに暮らす人々の日常を綴っています。
地球温暖化もさらに厳しさを増していくことと思いますが、「気候市民会議」や「子どもみらい会議」に集う、若い市民の皆さんと心を一つに力を合わせれば、これらの危機も乗り越えられるに違いありません。
【持続可能社会を実現するための市民会議】
・気候市民会議
多摩市では、令和2年6月に他市に先駆けて「多摩市気候非常事態宣言」を行い、市民とともに喫緊の課題である地球温暖化対策に全力を挙げて取り組んでいる。あくまで市民主体で気候変動対策を議論する取り組みであり、参加者を年齢や性別等のバランスをとった無作為抽出等で募ることによって、会場に社会の縮図を作り出すことを特徴としている。
・子どもみらい会議
多摩市は2009年度から「2050年の大人づくり」をスローガンにESD(持続可能な開発のための教育)を推進。身近にある環境や地域の問題をテーマに、児童・生徒が主体となった探究的な学習を通して、持続可能な社会の創り手として必要な資質や能力を学校・家庭・地域の連携のもとに育んでいる。
「まち」は生きもの。問題解決に終わりはありません。
──最後に阿部市長の理想とする市政についてお聞かせください。
少子高齢化によって世の中はどんどん生きにくくなっています。でも、問題解決のためにやれることはまだまだあります。
たとえば、今、まさに2024年問題と叫ばれている物流・運送業界の運転手不足も、歩車分離がしっかりできているニュータウンの特長を活かし、まず多摩市からタクシーやバスの自動運転を実用化し、解決の第一歩を踏み出したいと精力的に動いています。
これまで家庭内の問題にされがちだった認知症高齢者のサポートにしても、社会全体で手を差し伸べて支えていけば、認知症を患った本人も家族も辛く苦しい毎日から解放されて笑顔で楽しく暮らしていけるはずだと考え、これまで地域包括ケアの仕組みづくりに力を入れてきました。
子育ての問題も然り。何もかも家庭で背負い込むのではなく、こちらも社会全体で子どもを育て合い、見守っていけるような真に人間的なコミュニティづくりをこれからも目指していきます。
とはいえ、人が生活するまちは生きもの。これらをすべて解決できたとしても全てやり尽くしたことにはなりません。なので、私の仕事に終わりはない。つねに前進し続けていかなければならないと思っています。
※2024年取材時点の情報です。
(取材・執筆/木村光一)