【インタビュー後編はこちら】 「加トちゃんには死ぬまでコメディアンでいて欲しい」ドリフ加藤茶・綾菜夫妻

リフォームメディア「ハピすむ」のインタビュー取材を受けるドリフターズ・加藤茶さん(撮影・荒木優一郎)
いろんなところに住んできましたが、今の住まいが最高ですね

妻・綾菜さんが設計したバリアフリーの自宅マンション

──今のお住まいは、ずいぶん気に入ってらっしゃるそうですね。

加藤茶(以下、茶) 高校生の時に福島から上京して、いろんなところに住んできましたが、今の住まいが最高ですね。

今まで住んだところも良かったんだけど、探せばちょっと窮屈かなあとか、ここは少し不便だってところがどこかにあるもので、ところが今住んでる都内のマンションはそういう妥協点がまったくないんです。

暮らしはじめて6年になります。割に僕は高いところが苦手でね、最近はやりの何十階もある高層マンションなんてとてもとても住むのには向いてない。

今の自宅は低層マンションの最上階で、過去に住んできたところに比べると決して広くはないし、部屋数も3LDKと少ないんだけれども、リビングでTV見ながら愛犬(2匹のトイプードル・福くん9歳、茶子ちゃん8歳)と遊んでるのが一番癒されますね。

僕は昔から猫派だったんですが、綾(綾菜さん)が犬を飼い出して面倒みてるうちに今ではすっかり犬派になりました。バリアフリーになっていて段差もないから、犬たちは家中を駆けずり回って遊んでます。

実は、この家を設計してくれたのは綾なんですよ。

75歳の時に老後の見据えた「住み替え」をすることに

加藤綾菜(以下、綾菜) 購入する時に「自由設計」ができるマンションだったので、全部自分で設計することにしたんです。その時はチータン(茶さん)も75歳になっていたから、もし車いすを使うことになっても快適に過ごせるように、大きなリビングルームに必要最低限の部屋を備えたこぢんまりとしたバリアフリーな自宅にしました。

入ってすぐがリビングになっていて、玄関のそばに手すり付きの広めのトイレがあって、お風呂も段差がない手すり付きの浴槽になっています。

それまで住んでいたマンションは部屋が沢山ある大きな物件で、使わない部屋がいくつもあったりして。3階建ての一戸建てもあんまり広すぎるからか、遊びに来た友人から『幽霊を見た』とか『髪が長い女の人が歩いてた』っていうオバケ話が出るくらい(笑)。

一戸建てはエレベーターもないし、らせん階段をいつまでも普段づかいするのは年齢的にもさすがに厳しいですよね。

いくら広くても、結局いつも2人でリビングにいるだけだったりして、さすがにちょっと手に余るよね、と「住み替え」を考えるようになったんです。

リフォームメディア「ハピすむ」のインタビュー取材を受けるドリフターズ・加藤茶さん(撮影・荒木優一郎)
75歳になって、もし車いすになっても快適に過ごせるように、こぢんまりとしたバリアフリーな自宅にしました

富士山が一望できるこだわりの自宅リビング

 僕があまり住まいにこだわりがないのもあって、全部綾まかせにしていたんですよ。

今の家に移るときも、詳しいことは全然知らなくて、たまたま通りかかって、『あれ、こんなところにマンション建つんだね』なんて綾と話してたら『そこが今度のうちだよ』って。

まだ地下を掘っていて基礎工事が終わるか終わらないかぐらいの頃だったから、そんなこと言われても全然実感が湧かなくてね。

だってどんな建物で、何階建てかすらわからないんだから(笑)。

綾菜 チータンには最初はずいぶん狭くて面食らったようですが、私が『そのうち慣れるから』って言ってたとおり、すっかり今は慣れてくれたようです。

こぢんまりしている住まいの方が2人の生活には合っている

私はやっぱり、ギュッとこぢんまりしている自宅の方が好きなんですよ。普段の生活を考えると20分もあれば全部掃除ができちゃうぐらいの広さが丁度いいと思います。

リビングからの眺めも最高なんですよ。チータンがいつも過ごすのはリビングが多いので、TVが見られる場所から、窓の向こうに富士山が見えるような間取りにしたんです。友人にも好評で、景色を見ながら食事会をしたりして。

そうそう、ことしの夏は3カ所の花火大会の打ち上げ花火が見れたんですよ。私はテンション上がりっぱなしだったのに、チータンは感動が薄そうでした(笑)。


 だって遠くでポッって見えるだけだもの、そんなに感動しないよ(笑)。でも、今までに住んだ家の中で一番、人が集まってくれる家ですよ。キッチンも広くてね。綾の手料理は煮込みが絶品なんです。そういえば最近食べてないなあ(笑)。

リフォームメディア「ハピすむ」のインタビュー取材を受けるドリフターズ・加藤茶さん(撮影・荒木優一郎)
今までに住んだ家の中で一番、人が集まってくれる家ですよ

23歳で母と妹のために都心に新築マンションを購入

──これまで暮らしてきた茶さんのお住まいについて教えてください。

 上京して初めて住んだのが、川崎のアパートでしたね。風呂なしの四畳半で、家賃は当時で3,500円。玄関を入ると共用スペースの廊下があって、奥に共同の流しが付いているだけで。その頃は音楽の仕事がやりたくて、高校をやめて上京したのはいいけれど、とにかく寝るところを確保しないといけなかったから。

冬の寒い時も蛇口をいっぱいにひねって水で体を洗ってましたよ。今思い出しても、ほんと寒かったですね。

うちは音楽家の家系だったから僕もミュージシャンになってみたくてね。トロンボーン奏者を目指してバンドボーイの仕事をもらったのはいいけれど、トロンボーンは高い楽器だからね。

当時でも20万円ぐらいしたから、貧乏暮らしじゃ当然買えない。練習すらできないですよね。

そんなある時、先輩のドラマーからドラムスティックを捨てといてくれと。一本は折れてたんだけど、削ったら叩けそうだったんですよ。ドラムだったらすぐにでもできると、そこからドラムをやるようになったんです。

「僕のマンションというよりは、おふくろのための家なんです」

でも初めてマンションを買ったのはかなり早くて、23歳の時でしたね。当時はザ・ドリフターズで映画をやる前ぐらいだったかな。

ちょうど『8時だョ!全員集合』(69~85年/TBS系列)の前身になった番組で、コント55号(萩本欽一・坂上二郎)と半年ずつ交互にやってた『進め!ドリフターズ』(68年)の頃ですね。

僕自身がとくに家にこだわりがあったわけではなくて、都内で暮らしていたおふくろを住まわせてやりたくてね。東京に住んでると家賃も高いじゃないですか。

父親を早くにがんで亡くしてから、おふくろは出稼ぎで一生懸命働いてくれててね。僕は妹と2人で親戚に家に預けられていて、妹にも結構寂しい思いをさせてたから、いつか家族3人で暮らせたらいいなと思ってたんです。だから、僕のマンションというよりはおふくろののための家なんです。

選んだポイントは立地ですね。今でいう〝新宿副都心〟の近くで、地下鉄の駅から徒歩5分ぐらいの新築マンションでした。今は高い建物が沢山あって見違えましたが、当時はその10階建てのマンションぐらいしか高い建物はありませんでしたね。

綾菜 お母さんが1980年に亡くなった後、妹さんから形見をもらったんです。その中に、デビューしたばかりの頃の写真や、昔の写真をまとめたファイルがいくつもありました。あまりにもチータンが忙しいから、お母さんは亡くなるまでずっと心配してたそうです。

リフォームメディア「ハピすむ」のインタビュー取材を受けるドリフターズ・加藤茶さん(撮影・荒木優一郎)
いつか家族3人で暮らせたらいいなと。だから、おふくろののための家なんです

『全員集合』時代、家族と暮らすための3億円豪邸

──『8時だョ!全員集合』が始まって家族団らんも難しくなったのでは?

 仕事が忙しくなって、一緒に住んだのは実質3年ぐらいでしたね。僕が車で移動することが多かったんで、TV局やスタジオに近いマンションで独り暮らしをする生活になったんですよ。

住んだところはどこも気に入ってますが、まず物件を選ぶ基準は、低層であんまり目立たないようなところ。でもそれがなぜかバレちゃうんだけれども。

都内の一軒家は、1987年に結婚を機に買ったんですよ。家族のためにも広い家の方がいいし、部屋も沢山あった方がいいですからね。あの頃は外に出ると、絶対にサインや写真を求められたりして、なかなか子供と外で遊ぶこともできなかったから、家の中でも子供たちと遊べるようにしたかったんです。

知らない間に決まっていた一戸建てマイホーム

その家は建売で、いい物件があるってすすめられてね。当時の価格で3億3千万円。豪邸ですよね。その時も、とにかく忙しくてね。

だから物件は所属事務所の女性社員が僕の代わりに見に行ってくれて、そこに銀行の担当者も同行してもらって…。いつも僕の知らないところで決まってるんだよな(笑)。

家族で暮らすには便利だったし、どこに行くにも交通の便もよくて、住みやすい申し分のない一戸建てでしたよ。僕自身は人目を気にしてあまり出歩くことはありませんでしたが、住環境もよかったです。

マンションだったらドラムセットを置いた練習部屋を一部屋作るんだけど、一戸建てだと家族にうるさがられるだろうと諦めて、その代わりにマージャン部屋を作ってもらったんですよ。全自動マージャン卓を真ん中に置いて、マージャン仲間が集まれるようにしてね。

でも結局、妻と家族の許可が出ずに一度も使わないまま空き部屋に。だったら作る前に言ってくれよと(笑)。

──茶さんの住まい選びのポイントは何ですか?

不動産選びの条件として共通しているのは、駐車スペースが2台分以上あるということですかね。

車が好きで、モーガンやアストンマーティンのスポーツカーだったり、フォードのキャンピングカーのような大きな車にも乗ってたので。

当時はキャンピングカーなんて国内で販売されたばかりで他に乗ってる人もいなかったんですが、趣味のゴルフに出かけたり、『全員集合』の地方公演に行くのには本当に快適で重宝しましたね。志村(志村けん)も乗せたことがありますよ。

リフォームメディア「ハピすむ」のインタビュー取材を受けるドリフターズ・加藤茶さん(撮影・荒木優一郎)
チータンが独り暮らししていたマンションは真っ暗。そんなんじゃ元気にならないよ!

心の健康も考えて「日当たりが絶対にいい住まい」を選びました

──綾菜さんの住まい選びのポイントを教えてください。

綾菜 チータンには運転手の方が付いていますけど、私は基本的に電車移動なので、やっぱり駅近じゃないと。

それにセキュリティがある程度しっかりしてて、低層で、あと絶対に太陽光が沢山入ることですね。暗い部屋だとテンションが上がりませんから、それは毎回言ってるんですよ。

チータンが独り暮らししていたマンションは、全部カーテンを閉め切って真っ暗にしていたので、そんなんじゃ元気にならないよって日当たり良好の現在の物件に引っ越したんです。

「加トちゃんには死ぬまでコメディアンでいて欲しい」ドリフ加藤茶・綾菜夫妻《インタビュー後編》次世代へ伝えたいお笑い論と弟子をとらない理由とは

(取材・執筆/坂茂樹 撮影/荒木優一郎)